渋谷の兄
いまいちヘコみがちなワタシを、言うなれば「渋谷の兄」であるお友達が気にかけてくれている。ここでいう渋谷の兄というのは「渋谷に住んでいる兄のようなお友達」という意味で、「銀座の母」の類とは違うので、決して間違えないように。
自由が丘時代、突発的に彼ら夫婦の夕食におしかけ、ご飯を食べさせてもらい、ほどなくしてさっさと帰宅したことがあった。(こう書くとあっさりしてしまうが、実際はかなり迷惑だったと思う、ゴメン)
何がどうアレだったかもう忘れてしまったけれど、その時は「突然おしかけて夜ご飯を食べさせてくれる人がいる自分」を確認したかったんだというコトだけは覚えている。
彼からのメールの返事に「さらにヘコんだらご飯を食べさせてもらいに渋谷に行くから」と書いていて、そういえば、なんだかちっとも変わってない自分に気が付く。
自由が丘時代(つまり20代前半)から、突然レコード前の彼に近寄って「なんか今日気持ちが後ろ向き」などと言い出したりしていた。そんな日のワタシのフロア業務っぷりはさぞかしイマイチなことだったろう。ブツブツ言いながらキュウリを切っていると思えば、うー!!と意味不明な叫び声と共に氷を割る。ビックリして包丁で怪我をしそうになったこともあったかも知れない?
胸を張って書けるコトからちょっと書きにくいコトまで、アレコレありました。お世話様です。
(まぁお互い様ってこともあるよね?ね!?)
当時は「二十歳の純情」とかなんとか、てきとうなナカムラ用語と独自の行動理論で事を収めていたような気がする。数年して、ナカムラ用語とイシダ用語の2本立てになってもまだ、時代と共に変遷してはいるものの、他人には意味の伝わりにくい用語とさらに磨きをかけたナカムラ行動理論で、事を収めようとするワタシ。
おかしいなぁ。
ちっとも成長してないゾ。