2005/12/31
だし巻き卵の卵液を溶きながら、ハタと気が付いたの。
ワタシは特別、日々を1年で区切っていないんだ、というコトに。
いろいろな季節行事を大胆に割愛するワタシには、お正月を新たな気持ちで迎えるという心意気のようなものが、少々欠けているのかもしれない。
いつだって、明日は今日の続きだと感じる。
それは、気持ちを切り替えるチャンスを逃している事になるかもしれないけれど、そう感じるのだから仕方がない。あるいは意識的に、お正月を特別扱いしないようにしているのかもしれない。
地方から上京してきたお友達が冬休みに「田舎に帰るんだ」と話している姿を、いつも、うらやましく思っていた。うらやましいナと声に出して言えるようになるまで、何年もかかった。
チャレンジすればいくらでも、ワタシにだってワタシなりの「お正月」を迎えるチャンスがあったのに、その機会を放棄していたら、いつのまにか、うらやましいと声に出せなくなっていた。
それは例えば、リビングの窓に畑が広がる実家の立地が魅力的だということではなくて、年末年始を過ごすために「帰る場所」があり、そこに「迎えてくれる人」がいる、というコト。
ワタシには、そういう場所を確保する努力が欠けていた。迎えてもらえる人になるための努力が欠けていた。気が付くのが少し遅かったのかしら。それとも、遅すぎるという事はないのかしら。
お銚子が空になった。もうおかわりしないぞ。
規定量をオーバーすることなく、年越しそばを食べるぞ。
ワタシは耳かきが下手です。
ハッキリ言って、できません。
どのくらい下手なのかというと、中高生の女子が繰り広げる「理想の結婚相手」というベタな話題で「耳かきが上手い人!」というのがトップに躍り出ていたくらい、下手なのです。
そりゃあ大人ですから、痛くないように綿棒を用いるなどの工夫をして、アレコレ頑張ってはみるのですが、その成果はほとんどありません。我ながら「こんなんで意味があるのかいな」と思ってしまうような成果なのです。
耳鼻科で「耳かきして下さい」と言おうと思ったことは、一度や二度ぢゃありません。周囲に止められてまだ実行には至っていませんが、マヂなのです。
今日はかなり頑張って耳かきにチャレンジしました。
あの耳かき棒を、ナカムラ基準としてはありえない!!ほど、耳の中に入れてみました。いつもはこれっぽっちも我慢しないのですが(この辺りが成果ゼロの原因と思われる)、少しは痛みも我慢しました。
しかしながら、やはり成果がないのです。
その度に思うのです。
数々の危機を乗り越え進化してきた人間なのに、なぜ、耳かきが必要な構造になってしまったのだろう…と。耳が2つある事は素晴らしい。しかしながら、なぜもう一息頑張って、耳かき不要なデザインに進化しなかったのだろう…と。
こんなバカな事を書くのは、当然、ナカムラさんが少々酔っているからなのです。
2005/12/29
とうとうイシダさんが、海外ドラマ「24」を借りてきた。さっき見始めたところ。
東京でお正月を迎えるイシダ家。
彼は年末年始を、いくつかあるらしい見たいテレビ番組と、この「24」で過ごすつもりでいるみたい。イシダ家のチャンネル権は基本的に彼のものなので、とりたてて意見したりしないよ。
ワタシはもう「24」を見ません、くたびれます。
家のすぐそばで、火事があった。
電車を降りて少し歩いたら、パトカーと消防車がいっぱい。
火が消えた後ですが、取材してみました。
火事になったのは近所の病院。
ワタシが見た時はもう火が消えていて、消防士さんがホースを片付け始めてた。
どの程度の出火だったのか知らないけれど、消防車がとにかくいっぱい!来てたんだ。10台位いたよ。
病院から火事なんて、どんな原因なのかしら。
仕事絡みなので日頃のセキララ度が激減する所用があって、頑張って早起き。
(起きるのが少しツラかったです。それと、足がちょびっと筋肉痛のような気がします)
日本語が全くできないアメリカ人とデータベースの話しをするのが、今日のワタシのメインイベント。
常日頃から「熱い眼差しと愛嬌があればなんとかなる」だなんて、調子の良い事を言っているのだけれど、最初はちょっとドキドキしちゃって、挨拶も上手くできなかったの。
インチキな英語を口にするのがどうにも恥ずかしい自分に気が付いて、ガガーンとショック。年をとったなぁ…とこんなに強く感じたのは、きっと初めてかもしれない。
さらりと書くけど、本当にショックなんだから。
通訳をしてくれていた人(データベースの事が全くわからない人なので通訳も大変だったと思う)が、用事で1時間ほど席を外してしまって。
残された私たちは、とりあえず笑顔で見つめあう。
紳士的にコーヒーのおかわりを聞いてくれる彼。
だがしかし。
私たちは、親睦を深めるために年の瀬の時間を割いたワケぢゃない。
通訳の人がいる間も、彼の話はだいたいわかったのね。
それは、打ち合わせで頻繁に出てくる数々の「お仕事用語」のほとんどが、英語をそのままカタカナにしたものだからなの。そこに気が付いて、ちょっと頑張ってみる勇気が出た。
聞いてわかるならきっと話せるはず、単語がじゃんじゃん並ぶだけでも良い、発音がイマイチで伝わらなかったらつづりを書けば良い、へたっぴだけど絵も書こう、現在形だけになっても良いから動詞を強調してみよう、話題が限定されているから相手も想像できるだろう…
それにね。
ワタシは日本語しかできないけれど、彼だって英語しかできない。それは結局お互いに「母語しか理解できない」というコトで、インチキでも英語でトライするワタシの方が「頑張る度」が高い気がしない!?
久々に炸裂するインチキ英語。
日頃から鍛えているオーバーアクションは5割増し。だんだん大きくなってくる声、役に立ったのは悩んだら図に書いて考える癖、豊かな表情も貢献度高し!?
おかげさまで、仕事を終えた後に通訳をしてくれた彼女と飲んだ黒ビールは、とってもおいしかったのです。