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2005年12月20日

殴る男、逃げない女

会社のオオモリさんが、昨日読み終わった本の話しをしてくれた。

それは家庭内暴力がテーマのノンフィクションで、虐待される子どもとその両親、子育てを完全に放棄する母親、妻と子どもを殴る父親、そして、暴力夫から逃げない母親...の姿が、克明に書かれている本だった。

たいていの人がそうであるように、ワタシも、人生の中で「暴力をふるわれた」という経験はない。

お父さんは声を荒げて叱る人ではなかったし、本当に小さい頃にぶたれた事もあったのだろうけれど、少し大きくなってから今日まで、ぶたれた記憶はない。ましてや彼に「殴られる」だなんて事は、ワタシには想像もできない。
殴る男とお付き合いしたこともなければ、事件に巻き込まれたことだってない。

2人のちびっ子のママである彼女は、幼児虐待を極一般的に「その感覚は絶対に理解できない」と感じる私以上に色々感じるところがあるようで、恒例になった「ランチタイム編み物」の手を完全に止めて、熱く語っていた。

彼女は「暴力夫から逃げない母親」に、一番腹をたてていた。子どもを連れて今すぐに!家をでるべきだと、怒っていた。

ステレオタイプな気もするけれど、逃げない母親には、暴力夫に発見された時の報復、子育てに必要な経済力に対する不安、時折見せる優しい夫の姿、判断力を奪う程の恐怖、といった理由があるらしい。
中には、やっと殴る男と縁が切れたというのに、懲りずにまた、殴る男に惚れる女もいるらしい。

殴る心理は論外として(宇宙の果て以上に想像不可能)、殴られて我慢するというのが、どうにもこうにも納得できない。

判断力を奪うほどの恐怖なら、まだ想像できる。
でもそれは、特異な状況を除けば、蓄積の結果ではないかと思う。なぜ、判断力を奪われるほどに恐怖を蓄積してしまうのだろう。

苦手な人と仕方なく食事をするのとはワケが違う。イヤな仕事を文句を言いながら続けるのとはワケが違う。ヒドい言葉で罵りあうのとはワケが違う。

あざができる程に強く殴られて、それでもなお、なぜ我慢するのだろう。


よくわからん。
全く理解できん。


それとも、幸運にも「殴る男」に遭遇していないワタシの、非常に身勝手な、ただの想像なのだろうか。

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