2005/12/22
さっきの「お道具箱の整理」を書いている途中に、思い出したこと。
最近は「(写真の)ネガの整理に困る」という人も少なくなっているかもしれないけれど。
ワタシはネガを「とにかく時系列に連番を振って」保存することにしている。
使っているのはコクヨの35mm用ネガボックスで、この箱に付属しているフィルムを入れるボール紙のケースと、DPE屋さんがくれるインデックスプリント(だいたいこういう感じ)と、写真そのものを入れたただの封筒、この3つに、同じ連番を振っている。
(封筒はピッタリサイズの箱に順番に並べてある)
写真そのものはアルバムに整理するのが良いのかもしれないけれど、どんなに簡易版なそれでも、やっぱり場所を取る。インデックスプリントがあればだいたい探せるので、写真そのものは乱暴に封筒に入れておいてもなんとかなるの。ネガがあれば大丈夫だからネ。
アイデアの元ネタは、いつかの日経新聞土曜版(別名ユウコ新聞)で、山根一眞という人の「デジタルスパイス」というコラム。
細かい内容は忘れてしまったけれど、要するに「資料は時系列に」と書いてあったんだ。たぶんその中にネガも…と書いてあって、その意見を採用したんだと思う。
そのコラムには「なんだかんだ言っても時系列の記憶が一番残る」というようなコトが書いてあった気がする。ジャンル別にまとめるのも悪くない。だけど結局、記憶を呼び出すには時系列が効果的…と書いてあった気がする。
(全然違ってたらどうしよう。山根さんゴメンなさい)
デジタルカメラの画像ファイルも、このスタイルで保存している。
ジャンルには関係なく、フォルダに「yyyymmdd_なんとか」という名前をつけて、ただただ、そこに放り込むことにしている。
ネガもデジタルカメラ画像もその他アレコレ資料も、細やかに!探しやすく!!整理する方法は、いくらでもあると思うのだけれど、あんまり煩雑だと、なかなかコレが続かないのである。
ちなみにワタクシ、日頃「イシダ仕事メモ」と読んでいる仕事資料も、とにかく時系列。プロジェクト毎に保存するのが良いんだとは思うけど、とにかく時系列。日付順に、じゃんじゃんファイル。不思議とコレで、用が足りてしまうのである。
時系列で記憶を辿るのって、ワリと効率的だと思う。
ワタシの場合は基準が「季節」なので、前後がバラバラになりがちなんだけど(笑)
今夜の「中村商店」は店じまい(今夜は編み物をしないという意味)で、編み物用具の整理をした。
整理といってもたいしたコトはなく、輪針を号数別に袋に入れたり、小さな紙に書いて放り込んであったメモを「ナカムラ編み物メモ」というノートに書き写したり。

なんだか「整理されてない感」溢れる写真?
スニーカーの箱を「編み物お道具箱」として使っているのだけれど、輪針専門のワタシのお道具箱は、油断すると、針のコードが絡まりあってしまうの。
ゼロ号から14号まで2本ずつだから…全部で30本!の輪針が絡まると、結構タイヘンなのよ、これが。

こういうのが輪針ね。ワタシはこういうのしか使わないの。
小さな紙のメモは、ほとんど走り書き。
日付を入れるのはクセみたいで、どれもこれも必ず日付が入ってる。
たいていはゲージに関する情報なのだけれど、他には「大きさイマヒトツ」だの「気持ちみっしり?」だの、役に立つのか立たないのかわからないヤツもあった。
何がどう「イマヒトツ」なのかわからないケースも少なくないけど、自分で書いたコトなので、そのまま書き写すことにする。
2005/12/21
昨日「もしかして肩こりかも!?」と、多少ワクワク気味に考えていたのだけれど、なんだか、そうぢゃないみたい。
痛いのは首の筋?だけで、寝違えたような痛み。
ときどき「ぴきっ」てなるし…
うぅん…痛いのである。
2005/12/20
会社のオオモリさんが、昨日読み終わった本の話しをしてくれた。
それは家庭内暴力がテーマのノンフィクションで、虐待される子どもとその両親、子育てを完全に放棄する母親、妻と子どもを殴る父親、そして、暴力夫から逃げない母親…の姿が、克明に書かれている本だった。
たいていの人がそうであるように、ワタシも、人生の中で「暴力をふるわれた」という経験はない。
お父さんは声を荒げて叱る人ではなかったし、本当に小さい頃にぶたれた事もあったのだろうけれど、少し大きくなってから今日まで、ぶたれた記憶はない。ましてや彼に「殴られる」だなんて事は、ワタシには想像もできない。
殴る男とお付き合いしたこともなければ、事件に巻き込まれたことだってない。
2人のちびっ子のママである彼女は、幼児虐待を極一般的に「その感覚は絶対に理解できない」と感じる私以上に色々感じるところがあるようで、恒例になった「ランチタイム編み物」の手を完全に止めて、熱く語っていた。
彼女は「暴力夫から逃げない母親」に、一番腹をたてていた。子どもを連れて今すぐに!家をでるべきだと、怒っていた。
ステレオタイプな気もするけれど、逃げない母親には、暴力夫に発見された時の報復、子育てに必要な経済力に対する不安、時折見せる優しい夫の姿、判断力を奪う程の恐怖、といった理由があるらしい。
中には、やっと殴る男と縁が切れたというのに、懲りずにまた、殴る男に惚れる女もいるらしい。
殴る心理は論外として(宇宙の果て以上に想像不可能)、殴られて我慢するというのが、どうにもこうにも納得できない。
判断力を奪うほどの恐怖なら、まだ想像できる。
でもそれは、特異な状況を除けば、蓄積の結果ではないかと思う。なぜ、判断力を奪われるほどに恐怖を蓄積してしまうのだろう。
苦手な人と仕方なく食事をするのとはワケが違う。イヤな仕事を文句を言いながら続けるのとはワケが違う。ヒドい言葉で罵りあうのとはワケが違う。
あざができる程に強く殴られて、それでもなお、なぜ我慢するのだろう。
よくわからん。
全く理解できん。
それとも、幸運にも「殴る男」に遭遇していないワタシの、非常に身勝手な、ただの想像なのだろうか。
左肩から首すじにかけて、なんだかちょっと痛い。
筋肉痛のような寝違えたような、そんな感じでちょっと痛い。
今朝はなんともなかったのになぁ、仕事中の姿勢が悪かったのかなぁ、何か病気かなぁ…なんて考えて、はたと気がつく。
もしかして、これが肩こりかも!?
とにかく肩こりには無縁の人生なので、イマイチよくわからないけど、もし肩こりだったらちょっとワクワクしちゃうな。それは、視力抜群の子供がメガネに憧れるような感覚。
確認もせずただ調子良く「何でもスグに出来ますよ」だなんて、お客さんに見栄を張られても困るのである。
そりゃあアナタは気分もよろしいことでございましょうが、神様ぢゃありませんから、何でもかんでも0.5秒で出来るワケではないのである。
とってもイヤなキモチになったので、だからこそ、すごく優しい笑顔で「言われたコトはやりますけど、かるーく1ヶ月以上かかりますよ?」と言ってみた。案の定「なんでよ?」と声を荒げる社長。
よし、予想通りの反応。
ダテにセクハラされてるワケぢゃないのだ(なんのこっちゃ)。
さらに涼しい顔をして「いくらで見積もりを出したのか知りませんけど、必要なら、細かい進捗の予定表でも作りましょうか?」と答える。そんなのおかしいだろう、なんとかならないのか、オレがやれって言ったらやれ…なんて、徐々に怒り始める社長。これまた予想通りの反応。
なーんか、バカバカしくなってきちゃった。
もういいや、別に激しく主張しなくていいや。
進捗の予定表作って、さらっと渡しておこーっと。
「ここで話しても進みませんから、進捗の予定表作りますね」
「で、細かい仕様は、どこまで決まってるんですか?」
「いつもみたいなざっくり説明だと、予定表が作れませんから」
ほら、やっぱりちゃんと決めてないんじゃないの。
ふふん。