2006/04/21
思い余って、近代美術館に藤田嗣治展を見に行く。
何がビックリしたって、とても混んでいたのよ。
金曜日の夜に美術館なんぞへ行く人など少数派に決まっている…と決め付けていたので、とにかくびっくりしたんだ。
どのくらい混んでいたのかというと、国風盆栽展の初日並みかそれ以上に(ちょっとわかりにくい?)混んでいたの。展示会場の敷地面積を考慮すれば、圧倒的に今日の藤田嗣治展の方が人数が多い。
入り口から並ぶ数々の絵を全部すっ飛ばして、お目当ての絵を探す。会場で早歩きしている人は、ワタシしかいなかった。発見して「あった!」と小さな声でつぶやく。
新聞記事と同じで、彼らは私を見ていた。結局こうして1,300円を払ってしまうワタシの行動を予測しているかのごとく、私を見ていた。
立ち止まってじーっとみた。
思っていたよりも大きなサイズ。
彼らに対抗するべく、とにかくじーっと彼らを見た。目を逸らしたら負けると思いつつ、そんな自分をおバカさんだとも思いつつ。
ポストカードを買いました。

2006/04/20
年中無休で、お手製の靴下しか履かないコトに決めたの。
(この件に関しては若干の心配があるのだけれど、それはまた今度)
…で、春夏の靴下、第一号。
いままでもこれからも、柄はピッタリですワよ?

ぢつはコレの前に一足編んだのだけれど、諸般の事情で(要するに大きい)、潔くほどきました。
潔さを発揮するのが遅すぎて、ほどく時に泣きましたけど、ホホホ。
藤田嗣治さんの「室内、妻と私」の新聞記事を切り抜いた。
定規とカッターを用意して、慎重に、こっそりと。
記事の隙間に小さく「日経新聞 06/04/18 夕刊」と書き込み、絵が折れないように2つに折って、ノートに挟んだ。
ノートに挟まれた彼らは もう 私を見ることができない
そもそも彼らはワタシを見ているワケではないのだけれど、なんだか少し、ホッとしたキモチになった。
2006/04/19
昨日の日経新聞夕刊に、藤田嗣治という人の絵が載っていた。
それは「室内、妻と私」という絵で、タイトルの通り、男性と女性が描かれている。
夕飯の支度を終えてちょっと椅子に腰掛けた時にその絵が目に留まり、そのまま視線が外せなくなってしまった。しばらくの間、じーっと絵を見た。
描かれている2人が、ワタシを見ているのである。
実際はそんなコトなどあるはずないのだけれど、なぜか「2人が私を見ている」と感じた。
彼らは椅子に座る私を見ている
漠然と正面を向いているワケではなく、カメラのレンズを見ているワケでもなく、鏡に映る自分たちを見ているワケでもなければ、向かい側にいる友人を見ているワケでもない。彼らは、椅子に座る私を見ている。
2人の目を交互に見る私 そして 私だけを見る2人
奇妙な感覚
一日中この絵が気になり、今日も帰ってきてから、新聞を見た。
記事を良く読むと、連載の2回目だというコトが判明。昨日と今日の夕刊にも絵が載っていたけれど、それは別に、なんとも思わなかった。
それはワタシの普段通りの反応で、ちょっと安心。
記事から、国立近代美術館で「生誕 120年 藤田嗣治展」が開催されていることがわかった。
普通は17:00までだけれど(なんでこんなに早く閉めるのかなぁ…)、曜日を選べば20:00まで開館しているようなので、会社帰りに行ってみようかと思っている。
(しかしながら、ゲージツに無縁のワタシにとって、この絵のためだけに1,300円を払うのは、なかなかに勇気のいるコトだったりするのです。)
2006/04/18
ワタクシが85,000円時計の購入を自粛して代わりに購入した、素晴らしい時計です。

素材がアルミなので、とても軽いのです。
男の子用だから少し大きいし、会社に置き忘れて青ざめたり、数日間旅に出した事もありますが、えぇそりゃあもう「炸裂ラブ」です。これからも大切にします。
家族の人に「NASAのようだ」と言われなき中傷を受ける要因は、たぶん、

この辺りにあるのではないかと、推測中。
そもそも、NASAを小バカにするトコロが気に入りません。ワタクシは「NASAの技術を応用して」というフレーズにヨワいタイプなのです。だって、NASAだよ、宇宙だよ!?
ちなみに。
購入を自粛した時計は、オメガの中途半端なアンティーク。
数々のナカムラルールを満たしたその時計は、ただ一点「今日の予算は50,000円」という基準から外れていたのです。