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2007/04/30

ピカピカの雑巾

スカートを作っているときに、頭に浮かんだコト。
長くなるのでそこに至る経緯は省略するのだけれど。

ワタシがうんと小さい頃、雑巾とは「使い古した布」で作るモノだった。
小学校へ上がる頃には「ピカピカのタオル」で作るモノに格上げされ、さらに、いつのまにか「お店で買うもの」へと格上げされたよね。

ワタシ、算数はラララだけど、少しだけ知ってるよ。

地球がやさしくて過剰包装なクールビスで、だから、毎日のトルティアよりもバイオ燃料の方が大切なんでしょ?

それは、雑巾がどんどん格上げされたコトに関係があるんでしょ?

夢の9連休に一人で黙々とスカートを縫い、その仕上がりに泣いたり笑ったりしているワタシは、雑巾を買います。

頑張りました

ナカムラさんは頑張りました。
当初の計画では、この生地も(着用に多少難がある)例のスカートにするつもりでした。ですから、例のスカートに足りる分しか布を買っていなかったのです。

しかしながら、例のスカートはもう作りたくありません。
買って来た生地の柄を活かつつ、カットした長さで足りるように、そしてワタクシのヌード寸法に合うように。本を参考に、その数字の意味を考えて泣きながら計算をしました。



ボックスプリーツなのでアレコレ面倒です。
途中で「もう普通のタックスカートってコトで良いんでないかい?」と声に出しましたが、諦めずに頑張りました。要所ではしつけも怠らず、前回の反省を活かして仮縫いでの試着もしました。プリーツの上のステッチは目立つから・・・と、初心者らしく謙虚にキチンと線も引きました。

休憩もせずに5時間かけて頑張りました。
ワタシにしては、なかなかの仕上がりです。鏡の前でウフンと喜んでいます。オトナの女性が着用するべきエレガントさはありませんが、とても満足しています。

未熟者

2007春夏の靴下、その1。



左右の柄が合わなかったのは、ワタシが未熟だからです。
ちょっとした糸の引き加減の違いが、こうして、模様の違いになって表れるのです。少しセツナイです。

2007/04/29

きみはダックス先生がきらいか

(ネタバレしません)

小学生の時に図書室で借りて大好きになった本。
実は押入れの中に隠してあるのですが、探すのがタイヘンなので、こうして図書館で借りてきました。

(ワタシが思い描く「児童文学」とは、こういう本です。)

根拠のない勝手なイメージでは「みんな一度は読んでいる有名な本」という感じなのですが、実際のところポピュラーなのかどうかは、よくわかりません。

きみはダックス先生がきらいか
灰谷 健次郎
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ダックス先生とは、新しく学校にやってきて四年一組の担任になった西園寺先生のアダナです。その西園寺先生のモデルは、「一年一組せんせいあのね」の鹿島先生なのだそうです。

ちっとも「先生」らしくないダックス先生は、四年一組のみんなのコトを、ちゃーんと見ています。最初は戸惑っていたみんなは、少しずつ、ダックス先生のコトを好きになっていきます。

もちろんダックス先生のことも好きですが、ワタシは四年一組のみんなのコトが好きで、大人になってからも、ひらがなばかりで一瞬で読み終わってしまうこの本を時々読んでいます。

だいたい60点

ギャザーの巻きスカート。
うーんと、だいたい60点の出来がり。どうしてかというと、ウエストの紐がね、ちっとも上手にできなかったからなの。



本日の作業中、ミシン操作について、ひとつ賢くなりました。

長くなりそうなので解説は省略しますが、フットコントローラー(車のアクセルと全く同じ)全開!で延々と端かがりをする時などは、フットコントローラーを外してスタートボタンをポンと押すと、足がとてもラクなのです。

もうちょっと早く気が付いても良かったんぢゃあなかろうか!?と思ったりもしますが、とにかく、ひとつ賢くなりました。ウレシイです。

2007/04/28

まるでダダをこねる子どものように泣き出してしまった

今日がお母さんの命日だと、お父さんからのメールで知る。
どうして?と問われても決して答えられないのだけれど、ずっと前のその日から今日まで、ワタシは彼女の命日を覚えられずにいる。

振れば「カラカラカラ・・・」と音がする頭で考えたコトを書いていたら、思いがけず、まるでダダをこねる子どものように泣き出してしまった。

理由のハッキリしない涙が、いつまでも溢れ続ける。
パソコンのスイッチを切って、どうにかしようとお風呂に入って、泣きながら体を洗う。日焼けした手の甲と日に焼けていない太ももの色が違いすぎて、それはなんだか別人のそれみたいで、泣きながら笑い、笑いながら泣いた。

人間が死ぬと、アレコレと儀式が行われたのちに燃やされて、骨が残る。
残った骨はお墓に大事にしまわれて、ソレっぽいタイミングで定期的に儀式が行われる。あの儀式は誰のためにあるのだろう。信じている神様が違うと、儀式の意味も全然違うみたいだ。

ワタシ、知ってるよ。
死んでしまった人より、今日と明日を生きる人の方が大切だって、ワタシ、知ってるよ。だから、もう泣いたりしないんだ。

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