近代日本の「手芸」とジェンダー、読みました。
読みました。
最初は「女性の国民化ってなに?」「なにかっちゅうとジェンダージェンダー!」だったのですが、そのうちそういうムズカシイコトにも慣れてきて、いや、慣れたのではなくて「そういうのは担当の人に任せよう」と思って、そうしたら、全く気にならなくなりました。
とても面白く読めました。
本当は「面白い」という表現はイマイチなのですが、唯一の代替案である「興味深い」よりも「面白い」の方がまだ、ワタシの今のキモチに近い感じです。
近代日本の「手芸」とジェンダー
山崎 明子 
女の人はタイヘンです。
夫のため子どものためひいてはお国のために、家庭を健全に経営せねばなりません。そのためには、お裁縫やら刺しゅうやらお料理やら、そのテの技術を身につけねばなりません。
あまりでしゃばってもいけません。
身につけた手仕事はあくまでもお家のため。よっぽどアレなお仕事をするくらいなら手に職をつけた方が良いけれど、一般の奥様が自立目指してガツガツ働くだなんて、華奢で美しくなくてはならない女の人には、決して似合わないのです。
こう書くとなんだか空恐ろしいけれど。
さすがのワタシも「お国のために」なんてコトは一度も考えた事はありませんが、下田歌子さんが考えて実践した事のうち、決して少なくない部分について「フンフンなるほど」と感じている自分に気が付きました。
それから。
目次を見たときは「皇后の養蚕は別にどうでも良い」なんて思ったのですが、なかなかどうして、コレも面白かったのです。
小学校の頃、学校でカイコを育てた事があるからかも知れません。
今は決して養蚕を手芸とは呼ばないけれど、カイコを育てて絹糸をとる行為には「オンナンコがする手芸」の要素がつまっていると思いました。さらに「由緒正しき」だなんていかにもそれっぽく言われたら、庶民はやっぱり「なるほど」と思ってしまうと思いました。
なんだかイチイチム難しい本だったけど、しばらくしたら読み返すだろうなと、そんな風に思う本でした。
ついでに。
この「女子たるもの手芸を身につけて当然」の、男子版は一体どのような事なのかしらと、少し気になりました。運動が得意じゃなくちゃイケナイし悲しい事があっても泣いちゃイケナイし、女の人もタイヘンだけど、きっと男の人もタイヘンだと思うのです。
つまるところ「女の子なんだから」「男の子なんだから」と、その大胆な区別っぷりがタイヘンなのかしら。
でもねぇ、どうしてもねぇ。
お料理もお裁縫も掃除も洗濯もなーんにもできない人は沢山いるけど、それが男子なら「まぁ男の人だし仕方がないんじゃないの?その分仕事では頑張っているみたいだし。」って言われて、それが女子なら「いくら仕事が出来るといっても、女性なのにいくらなんでもにちょっとねぇ。」って言われて、そんな風になるでしょう?程度の差はあれ、そういう風になるでしょう?
・・・と、まぁそんなようなコトを考えました。