ミシンの匂い
(そうね、これは、お墓参りと同じなのかもしれないね。)
その昔、家には足踏みミシンがあった。
お母さんがミシンを使っているときは、彼女の向かい側に陣取って、流れるように自分の方へとやってくる生地を見ていた。縫う速度で音が変わる。上下に動く針やくるくる回るパーツを見るのも好きだった。
ミシンには絶対に触ってはいけないと言われていた。
でも、子どもの私にとって足踏みミシンは、触りたいような遊びたいようなお母さんの真似をしたいような、そういう存在。ミシン台はフリンジのついた布で覆われていて、その布をはずして扉をあけると、木の箱とミシンとミシン油の匂いが混ざって、独特の匂いがした。
それは、ミシンの匂い。
今もはっきり、覚えている。
ある日、足踏みミシンが電動ポータブルミシンに変身した。
ポータブルに変身してからは時々使っていたけれど、結局、私は足踏みミシンを使うことはなかった。ミシンは誰に教わったのだろう。彼女にミシンを教わった覚えはない。覚えていないだけかもしれないし、本当に教わっていないのかもしれない。もう確かめる事はできないけれど、確かめる必要などないような気もする。
本体が取り除かれたミシン台は、その後も同じ場所に置かれていたように思う。本体がなくなっても、ミシン台には「ミシンの匂い」が残っていた。