気分の良い土曜日の方が好き
昨日の夜は、編み物に夢中になった。
いや、編み物は毎日必ずしているのだけれど、そういうコトではなくて、とにかく夢中で手を動かし続けた。サイキンノイシダユウコはお休みしても良いやと思うくらい、夢中になった。
(でも、どうしても目が上手につけられなかった。)
その「夢中になる感じ」は、今日も続いた。
昨日の夜更かしがウソみたいに早起きをして、靴下と首飾りを編む。洗濯さえしてしまえば大丈夫だと、起きてすぐに洗濯をして、後はずっと編み物をした。
とてもお天気が良くて、家中の窓を開けて過ごすのは気持ちが良い。自分の足をしげしげみつめながら、ひとりで「だから私の足はこういう形なんだから...」だなんて声に出しながら、靴下のカタチについて考える。
充実した土曜日だと、ふと顔をあげて体を伸ばした時に、そう思った。
同時に、夢中になる事と楽しいと思う事は同じなのだろうかと、そんなような事を少し考えた。ワタシにとっての編み物は、子どもにとっての「通過点としてのゲーム好き」と同じなのではないかと、そのような事を少し考えた。
途中で考えるのをヤメる事にした。
頭の中にはコントロールできる事とできない事が混在していて、今日はだいたい、コントロールできたような気がする。
同じ土曜日なら、気分の良い土曜日の方が好き。何も考えずに編み物をし続けるという時間は、一見とても簡単に見えて、実はなかなかに、得難い時間なのだ。
それはきっと編み物に限らず、それはきっと、ワタシに限らず。