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2008年6月 9日

彼女は唐突に、思い出話しを始めた。

帰りに駅のホームでタティングレースの続きをしていると、ふたつ隣の椅子に腰掛けた女性が、折りたたみ傘の袋を落とした事に気が付かないまま本を読み始めた。

落ちましたよと声をかけると、彼女は少し驚いてからそれを拾い上げ、すいませんと言いながら会釈をした。いいえと私も、小さく頭を下げた。しばらく雨が続きそうですね、洗濯物が乾かなくて困ります、今日はこれから雨が強くなるんですって。私たちは少し言葉を交わした後、それぞれ読書とタティングを続ける。

しばらくすると、彼女が声をかけてきた。
ワタシのタティングに興味がある様子で、それは何ですかと少し遠慮がちにたずねる。私は彼女に隣りに座るようにすすめた。ちょうどカバンに本を入れていた事を思い出し、それを広げて彼女に見せる。

タティングレースっていうんです。
まだ始めたばかりで、なかなか上手にできないんですけど、いつかはこんな風にキレイに結べるようになりたいなと思って、練習中なんです。でもね、加減もよくわからないし、それに、間違えてばっかり!

彼女は唐突に、思い出話しを始めた。
シャトルを操る私の仕草が、漁師が網を直す仕草に似ていて、子どもの頃のことを懐かしく思い出したというのだ。

彼女の育ったのは小さな漁村で、村中の人が海に関わる仕事をしていた事。村のあちこちで、網を直す漁師の姿が見られた事。父親も漁師だったけれど、早くに海で亡くなった事。その後、親戚を頼ってその村を離れた事。

ずいぶん昔のことですけどねぇ。
今の若い人には想像できないかも知れないですけど、そういう時代もあったんですよ。あら、もう行かなくちゃ。

電車に乗り込む彼女の姿を見送りながら、なんて素晴らしい日なのだろうと、心からそう思った。知らない人と気軽に話せる自分が、少し好きになった。

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