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2009/06/20

それが、どうしようもなく楽しい。

小学生の時、学校でカイコ(蚕)を育てた。
白くてやわらかいイモムシは、本当に、毎日大きくなっていく。

後に、全国の小学生が授業でカイコを育てている訳ではない事や、近隣の小学校でもそんな授業はやっていなかった事を知った。

どういう経緯でカイコを育てる事になったのかわからないが、振り返ってみるに、クワの葉を提供してくれるウチノ家の存在が決め手になったのではないかと思う。ウチノくんの家には小学生の冒険心をくすぐるちょっとした「裏山」のような庭(?)があり、当番の子は毎朝登校前に裏山からクワの葉を採取させてもらっていた。

まゆ(繭)ができたところで、飼育箱はどこかへ片付けられた。
授業では羽化する所は見せてもらず、発砲スチロールに虫ピンで刺した成虫1羽をみんなで順番に観察した。毒があるから勝手に羽化させてはいけないらしい…というのが、子どもたちの間のもっぱらのウワサだった。成虫に触ってはいけないと言われていた事が、ウワサの元になっていたように思う。

茹でたまゆは、触り放題だった。
水の入った容器に入れられていたまゆから、小さく折った紙に延々と糸を巻きつけていく。容器の水はまだ温くて、茹でたばかりだったのかもしれない。まゆに切り込みはなく、中にカイコの死がいが入ってるんだ!と、大騒ぎになったりもした。

この、延々と糸を紙にまきつけていく作業が、楽しくて仕方がなかった。
みんなが飽きてしまった後も、一人占めして巻き続けた。巻かれた糸には興味がなく、ただ巻き取るその作業がとても楽しかったのだ。

スピンドル(手紡ぎで使う駒みたいな形の道具)での手紡ぎは、まゆから糸を巻き取る事に似ている。手つきが似ているのではなく、それをしている時の気持ちが、とても良く似ている。

ひたすらに糸を紡ぐ。
上手になりたいなんていうのは、後から付け足したどうでも良い理由のような気がしてきた。昔の人は大変だったとか紡いだ糸を無駄にしてはいけないとか、それもみんな、後から付け足したどうでも良いことに感じる。

特別な目的などなにもなく、ただ延々と紡ぎ続ける。それが、どうしようもなく楽しい。

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