カモナ・マイ・サイト > サイキンノイシダユウコ > カテゴリ別に記事を読む[頭の中でグルグル2]
homeblogphotoinfo

« 頭の中でグルグル | メイン | 遊びます »

2008年8月 3日

さて、どうしましょう。

今日の出来事は、そうね、完全に予想外だったというか心の準備ゼロだったというか、まぁそんな感じ。

いつもの調子でダラダラ考えてみるか、おっかないから「なかった事」にするか、帰りの電車で考えてみたけど、今日のところは結論がでないまま。

さて、どうしましょう。

今日はここまで。

2008年7月26日

自分なりの方法に託す

こばぶライブに行ってきました。
彼女が所属する聖歌隊以外にも、2グループ+ダンスチーム+プロのゲストボーカルさんが出るという内容で、シロウトの発表会にしては、なかなかに立派なステージでした。

ワタシにとってゴスペルと言えば、ぱっと思いつくのは「ブルース・ブラザース」のジェイムズ・ブラウンのところか「天使にラブソングを」(どうしてカトリックで「オー・ハッピー・デイ」なのかちょっと不思議だけど)で、まぁだいたい、全体的にはあのような雰囲気です。時に体を揺らしながら手拍子をして、時に情感たっぷりに、歌う。

良いのか悪いのか、正しいのか間違っているのか、本当なのか嘘なのか、それはとてもヤヤコシイ問題で、言い出したらキリがないことなのかもしれないけれど。

大きな声で歌う事は、ステキな事だと思います。
表現したいことがあって、それをリズムやメロディや歌詞に託すことは、とてもステキな事だと思いました。

もっと言えば、別に歌じゃなくてもなんでも良くて。
伝えたいことや理解してもらいたいことを自分なりの方法に託すことが、キラキラ輝くその源なのだと思います。

帰りの電車で乗り換えを間違えないように気をつけながら、ワタシなりの方法ってなんだろうなと、手のひらをみつめながら考えました。

-----

2008/07/27 02:08

2008年6月24日

ひっぱられる

ワタシは時々、なにかに「ひっぱられる」ことがある。
普段は無意識のうちに両足で踏ん張って立っていて、だけど、時に大きく深く息を吸い、両足の踏ん張りをわざとゆるめ、ワタシをひっぱるその力に身をまかせる。

それは例えば、青い空の色だったり、シロツメクサの花だったりする。

2008年6月23日

ひっぱられる

ワタシは時々、なにかに「ひっぱられる」ことがある。
普段は無意識のうちに両足で踏ん張って立っていて、だから、なにかにひっぱられても気が付かないのだと思うのだけれど、ふと油断して気が緩み両足の踏ん張りがきかなくなると、ワタシをひっぱるその力に抗うことができなくなって、途端にズルズルと、ひっぱられてしまう。

それは例えば、気味の悪い空の色だったり、根拠がわからない「怖さ」だったりする。

2008年5月27日

不足しがちな成分は、積極的に補おう。

野菜が足りないと感じたら、茹でた野菜をいっぱい食べよう。
生だとそんなに食べられないけど、茹でればたくさん食べられる。お料理の仕方がイマイチならば、とにかくスープに投入だ。カタカナのスープが作れなくたって平気だゼ。俺たちには味噌汁があるぢゃないか!

運動が足りないと感じたら、公園の周りを走ってみよう。
・・・いや、それはちょっとムリだから、できる範囲で歩くことにしてみよう。ん?ちょっと消極的だって?それは仕方がないだろう?運動はあんまり好まないんだから!

優しさが足りないと感じたら、街の植物を観察しよう。
普段は気が付かなくたって、ぢつは意外とアチコチに、花は咲いてるものなんだ。花の名前を知らなくたって平気だゼ。花の季節と形を覚えておけば、そのうち名前も判明するのさ!

バッテリーが足りないと感じたら。
そうね、その時は、素直に充電をするのがイチバンなのです。

2008年5月14日

将来の夢

将来の夢はいっぱいあって、単なる憧れのようなモノから頑張れば実現するかもしれないモノまで、種類はいろいろ。

いままではずっと、年を重ねるたびに夢を追いかける情熱のようなモノが減っていくというか「良くも悪くも大人になる」というか、ほら、そういうのって昔からよく言うから、やっぱりそんなものかしらねぇなんて、そのテの話しを信じていたの。

だけれど最近は、キモチが変わったような気がするんだ。
それは例えば「オレは不惑になっても10代の熱いキモチを持ち続けるゼ!」というのは少し違って、うーんと、そうね「亀の甲より年の劫」とでも言いましょうか、お兄さんお姉さんになっていく事が、実はプラスに作用していたりするんぢゃないかと、そんな気がするの。

年を重ねていくことが、どうかあなたに、プラスの作用をもたらしますように。

2008年3月30日

欲張りなお花見

今日は寒い一日だった。
ピーナッツの試着をしていると、本格的に寒くなった。アチコチ点検した後、急いで長袖を着るような感じ。

ラジオの交通情報で、向島の入口が利用できなくなっていると知る。墨堤通りも一部交通規制されていて、こんな寒い日にお花見なのね...と思った。

よーく考えてみたのだけれど、桜の下にお友達と集まってお弁当を食べたりお酒を飲んだり、そういうお花見をした経験は、ほとんどないような気がする。

ワタシのお花見はたいてい一人。
名所にはあまり縁がなくて、その辺りの桜の木をボーっと眺めて満足する事が多い。基本姿勢は「独り占めですけどそれがなにか?」という感じで、地味ながらもかなり欲張っている気がする。

(大勢でワイワイ楽しむのが嫌いというワケではなく、単にその機会がなかっただけ。)

今年のお花見は、市中引き廻し公園で。
会社に行く前に、会社からの帰り道に。短い時間だけれど、桜を独り占めにする。明日の朝は雨みたいだけれど、それでもやっぱり、桜を独り占めにしようと思う。

これ以上ないっちゅうくらいに地味なのかもしれないけれど、ワタシは今年も、欲張りなお花見を楽しんでいる。

2008年1月21日

朝の通勤電車にて

地下鉄の窓に映る自分の顔を見ていたら、小さい頃に、フジばあちゃんに教えてもらった事を思い出しました。

(彼女が滞在している間の思い出と言ったらダントツに「ポポロン事件」なのですが、それ以外にもあるのです。)

彼女は、女の子はいつもニコニコしていた方が良いと言いました。
それにはハッキリとした理由があって、その理由というのは「お顔の造作が少々アレでも笑顔なら可愛らしくなるから」というものでした。

言われるままにゆうこちゃんは、わざと変な顔の女の子を紙に描きます。
その変な顔の女の子の口元を「笑っている口」にすると、への字口に比べて可愛らしくなりました。いくつもいくつも変な顔を描いてみましたが、確かに、笑っている口の方が可愛いのです。

「ななな、なるほど。」
当時のゆうこちゃんは、このような言葉使いなど決してしませんでしたが、まぁそれはとにかくして、大いに納得したのです。

その時の素直な納得を思い出し、今日は一日、フジばあちゃんの教えてくれた事を実践するように努めました。

2008年1月16日

ハーフムーン

家には壁につるすカレンダーが2つ必要で、今年は、そのうちの1つを月齢カレンダーにしたの。日付のところに月の満ち欠けが描かれていて、新月・上弦・満月・下弦の4つがコメントされていたんだ。

オマケで、英語と仏語の表記があるの。
仏語の上弦の月は「premier quartier」と書いてあって、下弦の月は「dernier quartier」となっていたんだ。もちろん読めないのだけれど、ふーんって思ったの。モンダイは英語の表記で、上弦も下弦も区別なく「half-moon」と書いてあるの!

「ハーフムーン。」

これは声に出せるので、声に出してみる。
そりゃあアンタ、確かに半分だけどもさ。上弦と下弦とでは、右とか左とか西とか東とか上とか下とか、色々違うんぢゃあないの?少なくともゆうみちゃんにとっては激しい!違いがあるんですけど。なんか不満なんですけど。

長い余談。

新月は「new moon」で満月は「full moon」と書いてあったの。
どうして「新」→「new」で「満」→「full」と、こうも上手い具合にセットになるの?新月や満月というコトバは、海の向こうからやってきた言葉を日本語に訳して出来たコトバなの?そんなことないよねぇ?そうなの?

「覆水盆に返らず」と「it is no use crying over spilt milk」は、似てるけどでも、バッチリ!なセットぢゃないでしょう?

こういうコトが時々、ムダに気になって止まらなくなるんだ。
図書館で調べたらわかるのかもしれないけど、そういうコトはしなくて、好き勝手に想像して楽しむ。同意してくれる人は少ないんだけど、細かい部分まで想像を作りこむのが、とても楽しいの。

・・・というワケで、今夜も。
上弦の月は美しく光っていました。正しい位置を正しく移動しています。

2008年1月14日

こんな風に考える事にした

ワタシはだいたい毎日「サイキンノイシダユウコ」を書いている。
晴れた日は青いお空について書き、月を見つければ上弦の月のヒミツについて書く。作品が編みあがれば身に着けた写真を載せ、時々お休みをしたらバックデートでも書く。

雨の日も書く。
青いお空が見えない日も、ワタシは「サイキンノイシダユウコ」に何かを書く。雨など気にしないと書く。雨なんて大キライだと書く。雨とは関係のない事を書く。

それを、読んでくれる人がいる。
彼女はモニターに映る文字の行間にワタシの姿と表情を探し、電話をくれた。特別な用事は何もないのよと、少し久しぶりだったからねと、電話の向こうで彼女は言う。

短く話しをして、電話を切った。
電話を切った後で、ワタシは彼女に「どうもありがとう」と言えたかどうかを考えた。少しわからなくなったけれど、彼女ならきっとワタシが息を吸うその瞬間に気が付いてくれたのではないかと、そんな風に考える事にした。

この考えは決して悪くないと、そんな風に考える事にした。

2008年1月 6日

もう夕飯の事以外は何も考えられない

世界にはいろんな人が暮らしてる。
ワタシはそんな人たちを2つのグループに分ける。足が速い人と遅い人、算数が得意な人とニガテな人、痩せている人と太っている人、そして、良い人と悪い人。

良い人とは、正直な人。
自分の事より相手の事を考える人。

悪い人とは、正直な人。
相手の事より自分の事を考える人。

手のひらを見た。
頭が回らなくなるといつも、手のひらを見ることにしている。赤ちゃんは手を握って産まれてくると、昔のエラい人が何かに書いていた。その手の中に人生を握って産まれてきた赤ちゃんは、すぐに手をひろげ、握っていた人生が手のひらから離れる。どこかへ行ってしまう。

それを探すために、人は生きている。

人間の赤ちゃんが手を握って産まれてくるかどうか、ワタシは知らない。だけれどこの話しがとても好きで、だからいつも手のひらを見る。ゆっくり握ると、手のひらの筋が徐々に濃くなって、沈んで、皮膚がたたまれていくのがわかる。

手を強く握ると、手首の下の部分が少し形を変える。
平らだった部分がへこむ。膨らんでいた部分が平らになる。量だとか割合だとかそういうのはともかくとして、ワタシにも筋肉がある。絶対にある。ない訳がない。

諦めていた「腹ペコ信号」が、再びヤル気を出してきた。
お腹が空いた。もう夕飯の事以外に何も考えられない。お腹が空いた。温かいものが食べたい。柔らかいものが食べたい。お腹が空いた。

良い人も悪い人も、同じくらい、お腹が空くのだろうか。
彼らの手のひらには、何が握られていたのだろう。ワタシは何を握って産まれてきたのだろう。それは探すに値するものだったのだろうか。

お腹が空いた。
もうなにも、考えられない。

2008年1月 2日

太陽のヒミツ

太陽っちゅうのは何やらエラく燃えている星で、それは地球からうんと遠いところにあって、大好きなyahoo!きっず星空には1億4960万km離れたところにあるって、書いてあった

1億4960万kmって、時速100kmだと、どのくらいかかるの?
時速100kmって、1時間に100km進めるってこと?そうしたら、1億4960万を100で割り算すれば良いの?1億4960万って、ゼロ、何個つくの?

・・・もう、ムズカシイ算数はよそうね。
だって、ステップワゴンは時速100kmで道路を走るコトはできるけど、だからと言って、太陽には行けないんだもの。割り算の答えの分だけ道路を走ったって、太陽には行けないんだもの。

太陽の光は、冬のお部屋をポカポカにする。
知ってる?うんと遠くにある太陽の光は、ワタシがいるお部屋をポカポカにしてくれるんだよ?無駄な音が何もしないお部屋を、静かに、ポカポカにしてくれるんだよ?

(これはとても大切なこと)

月はいつだって美しいけれど、ワタシは上弦の月だけを特別扱いしているけれど、たとえ上弦であっても、月はお部屋をポカポカにしてはくれない。

ワタシ、知ってるんだ。
太陽の光は、みんなをポカポカにしてくれるって。ワタシとあなたと、みんなをポカポカにしてくれるって。太陽は何でも知っていて、アレもコレも全部ひっくるめて、それでも、ワタシたちをポカポカにしてくれるって。

昨日まで知らなかったの。
だけど今日、それを知ったの。だから明日も、太陽はワタシたちをポカポカにしてくれる。

それは、太陽のヒミツ。

2007年12月 9日

イチョウ並木

駅から会社へ行く大きな一方通行と、その道を横切るこれまた大きな一方通行には、イチョウが植えられている。

その交差点のすぐ横のイチョウは、とてもキレイな黄色い葉っぱ、檸檬色。だけれど他の木はみんな、上手く黄色くなれずに枯れ始めている。

だからワタシは、神宮のイチョウ並木に行かなかった。
今年は神宮へ行こうと夏くらいから思っていたのだけれど、ここがこんな感じなら都内のイチョウはどこもこんな感じだろうと、勝手に決めつけていた。

だけど、それは間違いだった。

ハタと思いついて車の運転をした今日。
ワタシは偶然、とてもキレイに色づくイチョウ並木を見た。イチョウ並木で有名な通りではないけれど、はっとするほどにキレイ。

北風に、はらはらハラリとイチョウの葉が舞う。ワイパーに葉がひっかかり、しばらくして、それはどこかへ飛んでいった。

運転が上手になりたいと思った帰り道。
次から次へと頭に浮かぶ出来事で、ワタシは元気いっぱいになる。その出来事の始まりは、そうねきっと、あのイチョウ並木からだったんだ。

2007年12月 1日

それでもう、大満足。

とても良いタクシーの運転手さんについて書いていたのだけれど、途中で「やっぱりよそう」と思って、全部消した。

Ctrl+Aで全部選択して、Deleteで一気に文字を消す。
頭に浮かんだコトをバシバシ文字にしたのに、それが一瞬で「なかったこと」になる。なんて便利なのかしら。

本当に便利なのかしら。
便利なコトは良いことなのかしら。

これはきっと、アレコレ考えるにふさわしいギモンなのだと思うのだけれど、えぇもちろん、今夜のワタシには、そんなコトは考えられません。

おいしいものと聞いた話しと、それらを眠る前にできるだけ鮮やかに思い描いて、それで今夜は精一杯。

精一杯というか、それでもう、大満足。

-----

2007/12/02 01:39

2007年11月23日

消えたリズム、消えたワタシ。

あぐらだって出来ないんだもの。
坐禅の時のあの座り方なんて絶対にできないの。ワタシの両足の可動領域は坐禅に対応してないの。

(なんとなく「あの足ぢゃなくたって椅子に座ってもよかろうに」「足の組み方が目的ぢゃあなかろうに」なんて思ったりするんだけど、そういうのはあんまり聞かないから、やっぱり椅子だと、なにかイマイチなのかしらね。)

坐禅って、何にも考えないようにするんでしょう?
何にも考えないって、スゴく難しい。特にいつもクダラナイコトばっかり考えて楽しんでいるワタシには、スゴく難しい。

だけど、編み物をしている時に無心になる事があるって、気が付いたの。
複雑な模様の時はダメだけど、手を見なくても編めるような模様の時。あんまり良い響きぢゃない気もするけど(それはともかく)完全に「単純作業の繰り返し」の時。

最初は、どうでも良いことをイロイロ考えるけど、そのうち、何も考えなくなるんだ。

それは「集中している!」とは少し違うの。
例えばプログラミングの神様がやってきて仕事に集中!している時なんかは、余計なコトは一切考えないけど、頭の中は常に、仕事用のリズムが「カタカタカタ...」と音を立ててる。そのリズムに指がついていかないのがもどかしい程に、頭の中はリズムで溢れてる。

そういうんぢゃないんだ。
本当のホントウに何にも考えず、ひたすらに編む時間を過ごすことがあるの。

なーんにも考えない。
頭の中からリズムが消えて、それはまるで、心臓も動いていないみたい。アレコレ考えない、とにかく考えない、何も考えない。消えるリズム、消えるワタシ。

2007年11月18日

(空腹を発端に)ネガティブなイシダユウコ

人間はお腹が空くと不機嫌になるか?というフレーズをフト思いつき、これがなかなか気に入って、少なくともワタシの場合はそうでもないと思っているのだけれど、実際のところはどうなんだろう。フツーに「ぺこまる」になる事はあっても、明日のお米の心配をした事はまだない。

今夜はどうしても晴れて欲しくて、昼間あんなに晴れていたから絶対に大丈夫だと思っていたのに、夕方頃から雲が出てきて、夕日に照らされた雲にウットリした後で、かなり不機嫌なキモチになった。

天気予報を確認しない事に特別な理由はなくて、だから自分でもどうしてなのかよくわからないのだけれど、思うにそれは、テレビを見ない事と関係があるような気がする。世界からテレビがなくなっても、別にワタシは全く困らない。

調べたい事があってネットでアレコレ検索をしていたら、めぐりめぐって二世議員にロクやヤツはいないというような事を一生懸命書いている人のブログに辿り着き、どういうワケだか全部読んでしまった。政治モンダイには地の果てまで全く興味のないワタシだけれど、みんな選挙で当選して国会議員になったのだから、二世議員の悪口を言うなら彼らに投票した人たちの悪口を言えば良いのにと、なんとなく思った。

ムダに伸ばしている爪がいよいよジャマになってきて、だったら切れば良いだけのコトで、そうなんだけど「でもなんだかもったいない」だなんて、これまたムダに悩む自分がどうにも好きになれない。むやみなオシャレ魂は、なんていうかこう、少々はしたない気がする。

なんでこんなコトを一気にガツガツ書いて世界に発表しているのかと、時々自分で不思議になることがある。サイキンノイシダユウコはワタシにとって一体どんな意味があるのだろうかと、時々自分で妙な気分になる事がある。ある側面において、かなりギリギリな感覚。

(空腹を発端に)ネガティブなイシダユウコ。

マイナスな感情や物の見方は、色々なコトを台無しにしていく。
そういうのは好きじゃない。イヤな事はいっぱいあるけど、たまにはガマンできないコトだってあるし、間違えて泣いちゃうコトもあるかも知れないけど、その中から楽しいキモチを探し出したり、見つけられなかったら作り出したり、上手く作り出せなかったとしてもそんな心構えを大切だと考えたり、そういう方が好き。

ふふっと笑顔で、今日と明日を考えよう。
あらゆる昨日でワタシが構成されているのなら、昨日のことを、大切に大切にしまっておこう。

2007年11月12日

どこにしまったんだっけ

例えば小さな袋の編み方を教えてあげるのは、とても簡単。並んで座って「こうやるのよ?」と、袋を編む私の、針と糸と右手と左手とを、飽きるほどに見せてあげる。

だけど、お互いにまっすぐ向き合って座っていても、自分のキモチを相手に伝えるのはとても難しい。

見せればわかるのかと考えてみても、一体、何を見せれば良いのか。
頭や胸が開閉式になり目玉が着脱式になったところで、そんなものを相手に見せても仕方がない。

(それに、ちょっと気持ち悪い。)

そもそも、私のキモチは一体どこにしまわれているのか。
探し出せば、見て触って確かめてもらえると思った。そうすれば、相手に伝える事ができると思った。でも、むやみに加減速する心臓の中にも算数がニガテな頭の中にも、お手製バッグの中にも会社の引き出しにも、どこにもなかった。どういうわけだか、見つからなかった。

絶対あるはずなのに。
本当だもの。だって、自分では「ある」ってわかるんだから。わからない事はいっぱいあるけど、それはわかるもの。だから、どこかにあるはずなんだ。

どうして見つからないんだろう。どこにしまったんだっけ。ちゃんと片付けをしなかったから、いけないのかな。

-----

2007/11/13(Tue) 07:51:06

2007年11月 9日

仕事の合間に、コンビニエンスストアでポッキーを買った。

母は確か、私が小学校の高学年くらいだった頃、近所のクリーニング屋さんでパートを始めた。同級生の何人かはいわゆる「鍵っ子」で、常々それをうらやましく思っていた私は、自分も鍵っ子になれたと、彼女がパートを始めた事をとても喜んだ。

母のいない家に帰り、食器棚の小さな開きを確認する。
いつもそこに、おやつが入っていたからだ。学校から帰るとまず、おやつの扉を確認する癖がついたように思う。種類はいろいろだったけれど、鈴カステラとかりんとうの日はがっかりした。好きだったおやつはなんだろう。

時期は前後するが、母方の祖母が家に来ていた時期がある。
どのくらい滞在したのかは覚えていないが、どうやら母を手伝いに来ていたようだ。彼女と一緒にお風呂に入った時、彼女のヌードが母のそれとあまりに違う事にとても驚いた。祖父母と同居した事もなければ銭湯に行った事もない。年配女性のヌードをまじまじと見たのは、あれが初めてだったのだろう。何がどのように違ったのか、その詳細は省く。

祖母は少し厳しかった。
食べ過ぎてはいけないと、ポポロンを少ししか出してくれない。残ったポポロンは、いつもの小さな開きではなく、その上のガラス戸にしまわれた。私の手の届かない所に。

ガラス戸から、ポポロンが見える。
見えるのに食べられない。祖母の目を盗む事はできても、手が届かない。母ならもっと食べさせてくれるのにと、食器棚の前を通るたびに思った。

仕事の合間に、コンビニエンスストアでポッキーを買った。
いつからなのか、ポッキーは2つに袋分けされている。半日かけて1袋を食べ、残りの1袋は、来週食べようと引き出しにしまう。

ガラス戸の中のポポロン、引き出しの中のポッキー。
そして食器棚の小さな開きの中には、母が用意してくれた、毎日のおやつ。

2007年10月31日

思い描いて、フフフと笑顔。

そうね、たとえば、人差し指で鼻をちょんと叩いたりしながら、ちょっといたずらっ子みたいなそんな表情で思い描く。

将来の夢を胸に抱く。
思い描いて、フフフと笑顔。難易度の高さに、ムムムと無口。なんだかこわくて口に出せないことや、チャレンジする前に諦めちゃうことや、その言い訳を準備しちゃうことや、そういうコトもいっぱいあるけど、だけどでも。

思い描いて、フフフと笑顔。
いつかきっと、足りない勇気を補うことができるように。

2007年10月30日

欲張りさんは独り占めがお好き

心優しいあなたならきっと、おいしいものをみんなでわけて食べるのだと思うのですが、欲張りさんのワタシの場合は、ときどき(←おおむね本当)全部一人で食べたくなります。

なぜなら、うっとりする位においしいからです。
だって、半分コにしたら、半分しか食べられないでしょう?

食べ物には、あまり執着しないタイプです。
呼吸が止まるほどにマズくなければワリとなんでもおいしく食べられますし、毎日同じメニューが続く事にもあまり抵抗がありませんし、むしろ大好きなものは連続してひつこく食べたいと思いますし。基本姿勢として「お腹がいっぱいになる事が重要」という感じもありますし、さらに、面倒なときは食事を平気で省略したりしますし。

だけどでも。
そんなゆうみさんにだって、どうしても「食べたいぃ!」という時があるのです。欲張りさんだろうが独り占めだろうが、アレがソレだろうが、とにかく「食べたいんですどうしても。万難を排して独り占めして食べたいんですっ!!」という時があるのです。

2007年10月25日

ホームズ彗星

ホームズ彗星っちゅうのがあって、これが突然明るくなったってyahoo!ニュースに書いてあったの。

「やややっ!?」

そんなつもりはないんだけど・・・と思ったり思わなかったりしながら国立天文台のページを読んだら、すい星だけど尻尾はないって書いてあって。

「尻尾がないとすい星って感じしないナ。」

まぁ確かにないんだけど・・・と思ったり思わなかったりしながらすい星の事を検索したら、いつも尻尾があるワケぢゃないって書いてあるページが見つかって。

国立天文台のページと違ってこのページは子ども向けで良いよなぁ...と思いつつ、ワリとはっきり「いつも尻尾はないのよ?」なんて、言いたいようなそうでもないような。

ついでに、大好きなyahoo!きっず星空をみたら、明日は今年いちばん大きな満月だと書いてあって、なんだかちょっと、得した気分。

2007年10月 9日

これもまた、言葉の効用。

理由はわからないけれど。
考えている事を言葉にすると、どういうワケだか、一気にリアルになる。それがこわくて言葉にしない事もあれば、それを求めて言葉にする時もある。

ところで。

毎日編み物ばかりしていると、他にやらなくちゃイケナイ事はないの?だなんて、そんなキモチになる事がある。そんな時はだいたい15秒くらい考えてから(または考える振りをしてから)、ハッキリとした口調で「他にはない」と、言葉にする事にしている。

これもまた、言葉の効用。
ただし、なにかちょっと、オトナとして間違っているような気もする。

2007年9月30日

3通の手紙

お友達が教えてくれたアイデアは、何かにつけて「書く」事をしてきたワタシにとって、とても効果的におもえた。

(本当にどうもありがとう)

一日かけて、誰に宛てて何を書くかを考えた。
過去のことを、高校生の頃からの知り合いに。未来のことを、中学生の頃からの知り合いに。そして、大人になって知り合った人には、現在のことを。

昨夜の帰宅後、A4の方眼用紙の裏に手紙を書き始める。

最初に、過去のことを書いた。
いつものように左上に相手の名前を書き、その下にラインを引く。短く近況を尋ね、短く近況を報告する。久しぶりに手紙を書く理由に続き不義理にしていた事を詫びて、過去のことを書いた。

次に、未来のことを書いた。
いつものように左上に相手の名前を書き、その下にラインを引く。短く近況を尋ね、短く近況を報告する。久しぶりに手紙を書く理由に続き、未来のことを書いた。

最後に、現在のことを書いた。
いつものように左上に相手の名前を書き、その下にラインを引く。お互いの近況は、尋ねる必要も報告する必要もない。名前に続く次の文字を、なかなか見つけられなかった。

最後の手紙が、一番長くなった。
手紙を書く理由を省略し、いきなり本題に入る。考えていること、思っていること、抱いた感想とその理由。相手に想いが伝わるようにと、恥ずかしげもなく長い手紙を書いた。

1時間くらいの休憩を挟み、書いた手紙を読み返す。
書いた事を覚えておくことができるように、何度も何度も読み返した。

3通の手紙は、破って捨てた。
それは書く前から決まっていたことで、ワタシは、書いて読み返して破り捨てるために、3通の手紙を書いた。

2007年9月27日

作戦失敗

アレがソレでこうなって以来、誰かに少し話しを聞いてもらいたいナと思っても、ギュッと我慢するように心がけている。慣れないガマンはなかなツラくて、どうしたものかと少し困った。

最初は、オオツカさんだけなら話しをしても良いコトにした。
だけれど、なんだかんだ言っても(言わなくても!)オオツカさんは本物の猫なので、効果はなかった。

ツマるところ、そもそも「聞いてもらいたい」などと思わなければ良いワケで。

話しを聞いてもらいたくなる時はたいてい、なにかがあって元気が不足する→グルグル考える→上手く考えられずに泣きたくなる→話しを聞いてもらいたいナと思う→相手の迷惑を考えずに話しをしてしまう・・・というルートを辿る事が多い。

ワタシの元気を減少させる「なにか」をコントロールする事は難しいので、その次の「グルグル考える」をヤメる事にした。ルートをここで切ってしまえばその先に進まないハズだと、そんな風に考えた。ハナから「なかったコト」にする→無いものは考えようが無い→考えなければ大丈夫!

さらに、毎日できるだけ穏やかに過ごすように心がけた。

イチイチ大げさなワタシは、嬉しいことも悲しいことも両方まとめて「大事件ですワよ、奥様!」などと騒ぐので、それをよして、わりと無口で物静かなお友達(主にこばぶがお手本)の雰囲気を思い出し、プラスにもマイナスにも「ふーん、そうなんだ。」という反応をするように心がけた。あまり上手にできないのだけれど、とにかく心がけた。

失敗だった。
作戦その1は根本的に間違っているみたいだし、作戦その2はなんだか自分ぢゃあないみたいで、さらに元気が減少した。

2007年9月 6日

Re:めしあがれ。

夕飯の支度を整えよう。
お料理の好きな人はゴージャスな夕飯を、そうでもない人はそれなりの夕飯を。

メニューに合わせてお酒を選ぼう。
すぱげってぃーならワインなの?ワタシはワインが少しニガテだから、スパゲッチーでも別のものを。

おいしいものは好き。
だけどなんでもおいしいと思う。目を閉じてよーく考えたら、おそばと白いご飯とお豆腐があれば、それだけでじゅうぶんなんだと知る。

あ、そうだ、グレープフルーツも!

2007年9月 1日

話しをしたくないと思うなんて

お昼休みのたびに「へーほーふーん」としか言えない話しを聞き続ける事が、本格的にツラくなってきた。お昼休みが終わってホッとする度に「ダメだなぁ...」と思う。

彼女を一人残して外にご飯を食べに行けないでいるワタシを「ダメだなぁ...」と思う、仕事中に2ちゃんねる読みあさるのは止めたほうが良いよと言えないワタシを「ダメだなぁ...」と思う、毎日同じ文句を言ってもなんにもならないよと言えないワタシを「ダメだなぁ...」と思う、事務所がしっかりしてくれないとボーカルさんが困るんですよねーと言われても返事のしようがないと言えないワタシを「ダメだなぁ...」と思う。

ワタシも同じなんだと気が付いた日から、なるべく「そういうこと」を口にしたり書いたりしないように気をつけた。そうしたら、だんだん「彼女はワタシとの会話に困っているから毎日同じ話しをするのか?」と思うようになって、普段の自分を考えるようになった。

ワタシはとてもおしゃべりだから。
うんと小さい頃からおしゃべりだから。

最近はその事ばかり考えている。
編み物をしない人に編み物の話しをしたら相手はウンザリするかもしれない。昨日の出来事を話しても相手は返事に困るかもしれない。おしゃべりをしていて楽しいのは自分だけなのかもしれない。

相手は、今のワタシと同じキモチになるかも知れない。

キュッと口を結ぶ。
ほんのちょっとした、たわいない話しをする自信がない。思っていることを声に出す自信がない。何をどう話して良いのかわからない。どうしたいかもどうすれば良いかもわからない。しゃくりあげて泣いている理由もわからない。泣きながらタイプしている理由もわからない。

顔を洗って、刺しゅうの続きをしよう。

2007年8月15日

今、書いている。

家に帰って冷蔵庫にある冷たい麦茶を飲む、ゴクゴクと飲む。

着替えだかシャワーだか区別が難しい雰囲気で脱いだ服を片っ端から洗濯機に入れ、温水プールのような温度のお風呂に入る。

頭を水色のバスタオルでゴシゴシ拭きながらハタと思い出し、パジャマを着た後で、読みかけの本のしおりの位置を正す。

パソコンのスイッチを入れ、ネコと人間の様子を書く。

・・・というようなことを、今、書いている。
首をぐいっと持ち上げ赤い秒針きっかり7秒みつめ、もう眠ろうと考える。かなり昔から「いつでもどこでも上手に眠れる」という事を特技に掲げていたけれど、返上しようかどうかも、ついでに考える。

-----

(2007/08/16 00:54)

2007年8月 2日

夏がきた

ゆうみさんのところに、夏がやってきました。
それはつまりどういうコトかというと、たとえば・・・

070802_1.jpg

例えば、赤い色のナントカジュース。
だって暑かったんだもん。夏がきたのは嬉しいけれど、暑いのはややニガテなんだもん。

070802_2.jpg

ハッカのお菓子、その2。
いつぞや社長にその1を盗み食いされた経験があるので、今回は気をつけます。大切にちょっとずつ食べます。

070802_3.jpg

本日の歩数、10562。
ちなみに、下に敷いてある水玉の生地は、久方振りに縫うシャツの練習用にと、とにかく安いやつ!で買ってきた生地。

・・・と、いうようなコトです。
アレコレは省略しますけれども、とにかくそういうコトなのです。

2007年7月22日

上弦の月は必ず空にある

30番さんのレッグウォーマーの配色と制作上の制限について書こうと思ってパソコンのスイッチを入れて、昨日仕込んだ冷たい緑のお茶をとりに台所に行って、なんともなしにベランダから空を見た。

空には雲がいっぱいで、だけれど、だいたい南と西の間の1ヶ所だけが白っぽくなっていた。雲はゆっくりゆっくり流れていた。しばらく、流れる雲を見る。

雲の隙間から、黄色く光るカーブが見えた。

そのカーブは西側にあった。
ゆっくりと動く雲を待つ。待っている間の心境をサイキンノイシダユウコっぽく書くと「胸がドキドキする」「キモチ盛り上がる」になりそうだけれど、実際はもっと、なんていうか、ワタシにはコトバにする事のできないような、そんなキモチだった。

月が姿を現した。
それはまさしく「西側半分が光っている」形をしている。瞬きを惜しむように月を見ていたら、光を通さない雲が、ワタシの月を隠してしまった。

今夜は上弦の月。
ワタシのキモチやワタシの都合とは全く関係なく、あなたのキモチやあなたの都合とは全く関係なく、上弦の月は必ずお空にやってくる。新月と満月の間に。

今夜は月を眺めよう。
雲に隠れた上弦の月を眺めよう。それは特別なことなのかもしれないのだから。

2007年7月21日

リミッター

説明を拝聴しても「なんとなくふーん」というリミッターの話しではなく、ゆうみちゃんに装備されている(らしい)リミッターの話しでははく、どこに売られているか教えてもらえない超!ハイグレード!!なリミッターでもなく(ワタシにはもう必要がないから教えてもらえなくても良いんだけど)、愛用しているミシンの「リミッター」の話しです。

ワタシはミシンに「フットコントローラー」なるアイテムを繋げています。
これはつまり車のアクセルと同じで、優しく踏めばゆっくり縫い、精一杯踏み込めば高速で縫う...という仕組みです。

で、リミッター。

ツマミをウサギ方向に動かすかカメ方向に動かすかによって、アクセル(フットコントローラー)をベタリと踏み込んだ時の「最高速度」が変わるのです。

きっと、コレこそが「リミッター」というモノだと思ったのです。
そうなのでしょう?最高速度をコントロールするのが、リミッターなんでしょう?

2007年7月14日

真夜中コーヒー

眠る前にコーヒーを飲むのは良くないって本当なのかしら?
なーんてコトを考えながら、マヂメにコーヒーをいれて、地味に飲んでいます。

コーヒーが好きです。
沢山は飲みませんが、大好きです。

2007年7月11日

プラスとマイナス

本日の算数。
-5と5を足すとゼロになるし、-5に8を足すと3になる。

本日の算数ラララ。
(蓄積していた)マイナスエネルギー25に(本日の)プラスエネルギー100を足したら、プラスエネルギー200になる。

ほんのちょっぴり、算数が苦手なゆうみちゃん。
いつもは少しその事を気にしているけれど、算数ラララで良いんだもん!

2007年7月 3日