2009/03/06
サイキンノイシダユウコは、だいたい毎日書いている。
今のスタイルにする前も頻繁に書いていたから、指折り数えるとワリと長く続いている。なんだかんだと文章を書く機会はあり、そこには必ず「読んでくれる人」がいる。自分用の備忘録でさえ「未来の自分」が読むために書く文章だといつも思う。
ワタシはいつも読んでくれる人を想定して、ブログを書いている。
不特定多数の人に向けた文章を書いた事はない。その都度その括りは違うけれど、いつも必ず、読んでくれる人を思い浮かべながら書く。
ブログを始めて、日記を全く書かなくなった。
日記だけは「読んでくれる人」がいない。年を重ねるとまた考えが変わるのかもしれないけれど、日記を読み返すつもりなど一切ない。
(そんなことできない)
気持ちを文章にるというただそれだけを目的に書いていた日記を書かなくなって、随分と経つ。大きめの字でノートに書かれていたワタシのキモチは、文字になる代わりに、何になっているんだろう。
2009/02/16
ヴォーグ学園から、講座のお知らせダイレクトメールが送られてきた。
いつからあるのか知らないけれど、ヴォーグ学園は、ワタシが中学生の頃にはもうあったような気がする。
(ワタシにとって、市ヶ谷といえば「市ヶ谷会館」か「ヴォーグ学園」なの。)
いつか仕事を引退したら編み物のお教室に通ってみたいという憧れがあるので、編み物クラスをワリと丁寧に読んだ。そうしたら、ハナから「サラリーマンは通えないワ」と思い込んでいたのは間違いだと判明。圧倒的に平日の昼間が多いけれど、平日の夜や土曜日のクラスもあった。通いたいクラスにもよるし平日の18:00スタートはちょっとムズカシイような気もするけれど、その気になれば引退せずとも通えるもんだな…と思った。
毎日のように編み物をするようになってから何年か過ぎて、その直前の「毎年何かちょこっと編むけど」の頃よりはちょっと上達したようなキモチになったけど、よく考えるとそうでもない。靴下を編むようになった事はとても大きな変化だったし、英語編み物に出会ったときは「おぉ」と思ったけど、それは、上手に編めるようになったという事とはずいぶん違う。
フームと考える。
もっとキレイな編地を編めるようになる事と、超がつくオーダーメイドサイズのアイテムを編む事。これがワタシの考える「上手になりたい」ポイントだなと、今日もまた思った。
お教室に通えば万事OKというワケではないのだろうけれど、とにかくガンガン編むだけではもう、今よりも上手くなれないようなキモチになる。やみくもに編むんぢゃなくて、ニガテな部分の克服方法をちゃんと理解して、その上でいっぱい練習しなくちゃダメなような気がする。
・・・キモチしぼんだ。
2009/02/07
音楽なんてキライよ。
いつもは「フツーにしてますけどそれが何か?」ってな佇まいで静かにワタシの隣りにいるくせに、ワタシがちょっと油断したら、その油断を決して見逃さず、そしてとっても無遠慮に、ワタシの中に土足で入ってくるんだもの。
ワタシ、そういうの、困るの。
2008/12/14
(金曜の夜からずーっと考えていて、今もまだ考えていて、だからなかなか着地点がみつからず、よく考えてみれば別に普段から起承転結を意識して書く事は少ないワケで、まぁ別に小論文の試験ぢゃあるまいしと、ハナから着地点がないと自覚しながら書いているので、ムダに長いです。)
会社忘年会のB面は、社長だけが先に帰っての2次会。
ワタシは今回「なるべくおとなしくしている」という個人テーマを掲げていたの。
ワタシが懸念していたのは不景気をキーワードにした社会に対する不満(不安ではない)が話題の中心になることだったのだけれど、出足は好調。町内会の付き合いでひっぱり出されたお祭りでの失敗エピソードや、子どもならではの可愛らしい発言など、会社飲み会にふさわしい、あたり障りがなく和やかで楽しい話題が続いたんだ。
でも中盤あたりから、まさに懸念していた話題になっちゃったの。
今日はイケるかもしれないナと思っていたからゲンナリするキモチはいつもの5割増しだったけど、掲げた個人テーマとその作戦を思い出したんだ。
常日頃から口数が少ない人は、お酒の席でも口数が少ないの。
彼らを観察しているとね、同席している人たちが熱く話している時、誰の顔も見ずになんとなく笑ったりなんとなくうなづいている事がとても多い事に気がついたの。
ワタシは相手の目を見ずに話しを聞く事が絶対にできなから、それに気がつくたびにいつも激しい違和感をおぼえるのだけれど、ある時「あれがおとなしく過ごすための有効な作戦なのではなかろうか!?」とひらめいて、いつか実践しようと思っていたんだ。
だけどその作戦はワタシには難易度が高すぎて、ムリして枝豆を食べたり欲しくもないのにメニューをめくったりしてなんとか頑張っていたのだけれど、いつもおしゃべりなワタシが黙っていると不自然なのか、いつも通り黙っているフジワラくんは放っておかれるのに、ワタシはどう思う?なんて聞かれて、
「ダメな大人だからムズカシイ事は考えないですけど、派遣社員を雇用しやすくした事で、今まで仕事がなかった人が働けるようになって底上げされた部分があるみたいだから、やみくもに悪いとは感じないかなぁ。あっちからもこっちからも見て考えなくちゃいけない感じかなぁ。」
・・・と、思っている事を口にしてしまって、失敗その1。
ここでおもむろに「すいませーん!あっ、おかわりします?」だなんて、お酒を注文。メニューについて文句を言うつもりは全くないけど、んまー、飲みたい物がなにもないので、仕方なく変な味のキューバーリバー。いや本当に変な味。
あーだこーだで、テーマは変われど基本姿勢は変わらず。
さらにお豆腐をチマチマ食べながら作戦を続行したものの、やっぱり黙っていると不自然なのか、(フジワラくんには聞かないのに)ワタシばっかりどう思う?なんて聞かれて、
「根拠は全くないけど、泥棒や詐欺ならともかく、30年やそこらで、人口における変質者の割合っていうかそういうのって急激に増えないような気がするから、私たちが子どもの頃も今も変な人の犯罪は同じようにあったんじゃないですかねぇ。変わったのは、報道のされ方や、よその子を叱らないとか無視するとか、そういう方じゃないですかねぇ。」
・・・と、また思っている事を口にしてしまって、失敗その2。
特にその2は失敗度が非常に高く、思わず「そこまで言うならどうして毎朝毎晩送り迎えしないの!?」と、言いそうになった。危なかった。
こうして書いて思いついた事は、作戦そのものが間違っていて、1次会で「お疲れさまでした~」と帰るイメージを定着させる作戦の方が、難易度が低いのではないかということ。
んー。
2008/11/03
なんだかやっぱり、編み物が下手になってる。
今日はベストの続きを編んでいたのだけれど、んまー、さっぱり上手に編めない。前身頃の途中まで編んで、イヤになって全部ほどいた。終わっている後ろ身頃は途中からヘタッピになっていて、これもほどいてしまおうかと、かなり本気で検討中。
下手っぴだからダメージを受けるのか、ダメージを受けたからさらに下手っぴ度が上昇したのか。編み物が下手になっているという問題は、単なる技術面だけの話しにとどまらず、ワタシに攻撃をしかけてくる。なんとか原因を探し当てて、早急に対応策を練らなければ。そうしないと、毎日を元気に過ごすための柱がなくなってしまう。
編み物がないと、昼も夜も長すぎるし、余計な事ばかり考えるし、ダメージを受けたときに回復できないし、日々を穏やかに過ごせなくなる。
それはマズい。本当にマズい。
どうにかしなければ。
2008/08/31
昨シーズンの終わりに「ベストマン」に目覚めたワタシですが、これから迎える秋冬シーズンも引き続いて「ベストマン」に変身です。地球の平和は、世界中に散らばっている「ベストマン」が守っているのです。
(地球に平和が訪れないのは、ベストマンが不足しているからなんだ。)
雨に濡れる事を意に介さない事をヒミツにしておいたほうが、何かとスムースに運ぶような気がしてきました。人前では「もちろん雨に濡れるのはイヤだけどついウッカリ忘れちゃったの」という、そういうコトにしておいたほうが、イチイチ驚かれなくて済むような気がしました。
(雨に濡れる事なんて、ちっともたいしたコトなんかぢゃないのに。)
なんだかんだとビビってしまい、今日はイマイチ「攻めの洗濯」ができませんでした。サラリーマンの洗濯は、週末のお天気が勝負なのに。他でダメでもせめて週末の洗濯くらいは、ガンガン攻めたいところです。
(太陽に干したばかりのタオルケットが大好き。)
今日で夏休みが終わります。現役小学生と同じくらいワタシだって「毎日が夏休みだったら良いのに」と思っています。だけれど彼らに張り合うワケにもいかず、平静を装って明日からまた頑張ります。
(本当に求めている日常は夏休みなんかぢゃない。)
そのうちガッツリ書く事になるかもしれないテーマのイントロダクションっぽいですけれども、ワタシの「パーソナルスペース」は、かなり狭いのではないかと思います。問題は、相手のパーソナルスペースも自分と同じ位なのではないかと勝手に判断しがちな事かもしれません。
(勝手にそう判断された人は、きっとイヤなキモチになる。)
ガイジンの編み物デザインを「カッコイイ」と感じた日本人がこのページを読むように、日本人の編み物デザインを「カッコイイ」と感じた英語圏の人はこのページを読んでいるかもしれないのです。
(バベルの塔の一件を謝ったら、みんな同じ言葉にしてくれる?)